植付けを2000年の12月初旬とは決めたが、畑の準備が必要なので3ヶ月前の9月から作業を始めた。参考本からラビットアイの植付け間隔は株間を2m、列間を3mとし苗木15本の列を16列とした。ヒモに2m間隔に印を付け穴の位置に棒を差し3m毎に繰り返した。作業についやす時間がないため人力をあきらめミニユンボを借り植え穴を掘って行った。途中ミニユンボが倒れ下敷きになりそうになったが園主は歯を食いしばって頑張った。作業は1ヶ月を要し無事240個の穴を掘り終えた。
次は掘り上げた土とブルーベリーには欠かせないピートモスを混ぜる作業だ。ピートモスは6キュービック(圧縮物170リットル)を40袋購入してあり、崩し復元した数量を元の1袋から約2倍の350リットルとし苗木1本に対して50リットルで苗木280本分の計算をした。ピートモスを1袋々崩し穴の場所へ1輪車で運び、スキを使って土と混た。この作業は人力でやったため思ったより手間がかかり1ヶ月以上をついやした。土とピートモスが自然になじむ間除草作業をすることにした。
苗屋に注文していた苗が11月の下旬に届いた。いよいよ植付け作業だ。240本の苗木を目の前にするとその本数に多さに圧倒された。品種ごとに整理をし事前に作った植付け図面を基に作業は始まった。一輪車に苗を載せ1本々丁寧に植え付けていった。ある程度の本数を植え付けた後、今度は水やりその繰り返しが何日か続き最後の1本が3日目で終了した。園主はその時天を仰ぎ言い知れない達成感と満足感にしたったのだった。
植付け終了の感慨もそこそこに次のマルチ作業に移った。ブルーベリーは乾燥に弱いため必要以上に神経を使い、ワラと麻袋のダブルマルチとした。藁は束の物を6束苗の周りに並べ麻袋は1枚の物を長方形に開き中央に苗が出る切れ目を入れてワラの上に覆う形にした。これも時間を要し終わったのが冬の寒さを感じるようになった12月の中旬であった。
そして年が明け2001年の春。愛らしいブルーベリーの花がちらほらと咲き出したが、植付けから3年は木を育てるのが先決と決めいたので泣く々花を摘んでいった。その後苗はすくすくと育っていった。この年畑の乾燥対策にナギナタガヤの草生栽培を導入した。
2002年。鳥の食害を防ぐ防鳥棚の工事が始まった。普通の手順ならば棚が最初で植付けが後なのだが、植付けが最初なので植付け図面に棚の工事図面をおとす格好になつた。摘み取りに構造物が邪魔にならないように外側の柱の配置を決め次に列に沿って中柱、次に外周・天井のワイヤー・針金を張り巡らした。何せ一人の仕事の為あっちこっちと作業効率は最悪で途方に暮れた。しかし何とかネット張りへと作業は進み、ブルーベリーの成長を横目に作業は順調にはかどった。ネット張りと平行して駐車場の整備・休憩所の設置も始まった。。
防鳥棚・駐車場の作業が進む中、当初構想にはなかったハイブシュ系の植付け準備を始めた。その理由として、第一期のラビットアイ系を植え付けた畑の横に空いてる畑があったこと、そしてラビットアイ系とハイブッシュ系の2本立てにして摘み取り期間を長期にする狙いであった。ハイブシュ系の植付けは第1期と異なり最初にピートモスを列に沿って大まかに撒きトラクターですきこみ列を盛り土し、列間にナギナタガヤの種を撒くやり方にした。植付け本数はラビットアイ系と同じく240本であった。
第2期のハイブシュ系植付けの最中以前から注文してた受付用のオンボロキャンピングトレーラーが搬入された。この地域は建物が建てられないため移動ができるものにした。トレイラーは安価もあって大分補修を必要だが徐々に作業を進めることにした。第2期の植付けもナギナタガヤが芽を出し3〜4cmになった晩秋に完了した。
2003年。作業も順調進み苗の成長も良いので、当初2004年に予定していた摘み取り園を1年早め今年からオープンすことになった。
園主は思った、これでお客さんが来てくれるだろうか晴天の青空に祈ったのだった。

今尚進化を続ける園に是非御出で下さい。
                   ことの始まり
昔、この地は養蚕が盛んであちらこちらに桑の木が生い茂るのどかな田園地帯であった。しかし養蚕は衰退しこの畑も転作を余儀なくされた。特に栽培するものがなく園主は考えた。労働力がいらず、日々の管理が容易なもの、無農薬で育つもの。そして園主は思い出した。それは10年前に庭に植えた2本のブルーベリーであった。それから参考本を読みあさったり、情報収集のため東京・山梨と栽培農家を回った。栽培については徐々に分かってきたが、品種は何を選んでいいものか,ブルーベリーは大きく分けるとハイブッシュ系とラビットアイ系の2品種であった。関東地方はどちらでも栽培できることを知ったが、悩んだあげく暑さに強くブルーベリーが持つ果実特性でもあるアントシアニンを多く含むラビットアイ系を10品種240本に決めた。植付けは、ちょうど2000年の12月初旬とした。